ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㉘山田風太郎ミステリー傑作選1 <本格篇> 眼中の悪魔 山田風太郎

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▶収録作品

眼中の悪魔 虚像淫楽 厨子家の悪霊 笛を吹く犯罪 死者の呼び声 墓堀人

恋罪 黄色い下宿人 司祭館の殺人 誰にも出来る殺人

 

 

 

 

▶ネタバレ感想

粒揃いの短編集

短編中編をあわせて全10話収録されており、600ページ越えと結構な重量である。どの話も、山田風太郎らしい男女のどろどろした愛憎劇がメインなのだが、それぞれ一捻り技巧が凝らされているのでくどくない。

例えば、自殺しようとしている男の遺書から話が始まり、1人の女性を取り合う2人の男たちの日記が続く【笛を吹く犯罪】。これなんかはずいぶん人を食った作品だが、その思わぬ着地ににんまりしてしまう。

厨子家の悪霊】は、横溝正史的な禍々しい雰囲気を堪能できるほか、純粋にミステリとしてもおもしろい。雪面に残された足跡の深さと体重の計算から犯人を導き出す轟木警部補の推理はロジカルだ。終盤ではどんでん返しがこれでもかこれでもかと続く。それでいてうんざりしないのは、伊集院、弘吉、荘四郎、の3人の計画が際どいながらもかち合うことなく見事に交錯しているからだろう。厨子家の聖霊とされる芳絵を手に入れるため、最も汚い手を使った伊集院に訪れる破滅は、木枯らしが通ったかのような薄ら寒い後味を引く。

一方で、山田風太郎らしい既存の人物が登場する遊び心のある作品も。【黄色い下宿人】ではホームズ夏目漱石が共演するし、【司祭館の殺人】ではアルセーヌルパンカメオ出演する。

 

「誰にも出来る殺人」の後味の悪さの正体

本書で唯一の中編である「誰にも出来る殺人」。

舞台は「人間荘」というアパート。12号室に越してきた「私」が押し入れから見つけたのは、「新しき住人へ、ようこそ」と書かれたノートだった。そこに綴られていたのは、過去の間借り人たちが引き起こした様々な事件。話のオチというか、最後の展開は割と早い段階で想像がつくだろう。しかし、メインはそこではない気がする。

すべての手記を読み終えた読者は、どの事件に対しても居心地の悪さ後味の悪さを感じるのではないだろうか。

1人目の住人は、好意を寄せていた女性の元恋人と思われる男を事故死に見せかけ殺すが、すべては彼の勘違いだった。2人目から5人目は、そこに至るまでに悪意があったにしろなかったにしろ、最後に自身の意図していない殺人を引き起こしてしまう。6人目の住人は、別の住人に過去の犯罪について脅迫されてると勘違いし殺人を犯す。

こうして振り返ってみると、被害者たちは誰一人殺される理由はなかったのだ。1人目と6人目の住人が起こしたのは錯誤の殺人だし、2人目~5人目の住人に至っては殺意すらない。

人は人の死に理由を求めるものだと思う。とあるミステリで、父親を船の転覆事故で亡くした息子が、父を無意味な死から救うために、架空の犯人を作り出すというものがあった。もちろんどんな形であれ死というものは忌むべきものだが、例えば綿密な殺人計画にのとって殺されるのと、頭上から鉄板が落ちてきて死ぬのとでは、後者のほうがやりきれないのではないだろうか。本作で起こる死はすべて後者である。これこそが後味の悪さの正体かもしれない。

そして、志賀嬢の正体は、死神である一方で、その無意味な死に意味をもたらす存在であったといえるかもしれない。