52 八百万の死にざま ローレンス・ブロック 【古典ミステリフェア】
▶あらすじ
キムというコールガールが、足を洗いたいので代わりにヒモと話をつけてくれという。わたしが会ってみるとヒモは意外にもあっさりとキムの願いを受け入れてくれた。だが、その直後、キムがめった切りにされて殺された。容疑のかかるヒモの男から、わたしは真犯人探しを依頼されるが・・・マンハッタンのアル中探偵マット・スカダー登場。大都会の感傷と虚無を鮮やかな筆致で浮かび上がらせ私立探偵小説大賞を受賞した大作。
(個人的な)点数 8/10
みなさんはハードボイルドは好きですか?
私は、ミステリ研究会在籍中に、チャンドラーとロスマクドナルドを読みましたが、【長いお別れ】も【ウィチャリー家の女】も【さむけ】も、不思議なことに何にも覚えていないのです。ミステリの中でも、ハードボイルドは最も苦手な分野かもしれません。
そんな私ですが、本作はなんとおもしろかった!
主人公のアル中探偵、マッド・スカダーがとてもいい味を出しています。無口で、感情を表に出さず、黙々と調査する姿はハードボイルド探偵そのものですが、本当はとても繊細。新聞を読めば、死亡記事ばかりが目について、世の不条理に苦しみます。
スマートに立ち回るかっこいいハードボイルド探偵、とは言えないかもしれませんが、犯罪や暴力が横行するマンハッタンの片隅で、必死に生きる彼の不器用さに惹かれます。
ハードボイルドの苦手なところは、主人公に感情移入できないところなんですが、本作では、スカダーの世の中に対する不満や葛藤、苦しみが痛いほど感じられました。
読み物としては、大きな盛り上がりがあるわけではなく、淡々と進みますが、心情描写が丁寧なので、退屈しません。ハードボイルドが苦手という方にもおススメできる一作です◎
以下、ネタバレ感想
キムの死は、スカダーにとって、これまで紙面で眺めてきた世の中の不条理そのものでした。
彼は、キム殺しの真相を暴くことで、罪なき者が殺されてゆく世の中を否定したかったのだと私は思います。
しかし、彼がたどり着いた真相は、それこそ紙面の死にふさわしい、くだらないものでした。
キムが殺された理由は、「連中がコロンビア人だったから」。裏切り者への制裁として、家族や恋人を見せしめに殺すというコロンビア人のやり方のために、罪のないキムは死んだのです。
結局、彼は、世の中を否定することはできませんでした。むしろ、この事件を通して、非情な現実を受け入れざるを得なかった。
だからこそ、事件解決後、彼は酒を求めたのだと思います。
この事件をきっかけに、スカダ―は変わってしまうような気がします。新聞を読んでも、何も感じなくなるでしょう。そして、今までよりもずっと生きやすくなるでしょう。それを成長と呼ぶのか、順応と呼ぶのかは人それぞれですが、彼の不器用さが好きだった私にはどうしても挫折の物語に感じてしまうのです。