ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㉙細い赤い糸 飛鳥高

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▶あらすじ

次々と不可解な連続殺人事件が起こり、被害者のいずれも、鈍器で殴殺されたと推定される。第一犯行現場の唯一の遺留品は「細い赤い糸」。被害者の頭部に付着していた。被害者同士、何の面識もなく犯行動機がつかめない。ただ、手口の類似が同一犯人の犯行を裏付ける。「細い赤い糸」に秘められた殺人の謎を追う本格推理長編。日本推理作家協会賞受賞。

 

 

▶ネタバレ感想

他者への無関心が産んだ悲劇

年齢も性別もバラバラな4人の被害者たちは、彼ら自身理由も分からぬまま突然何者かに殺害される。どうして彼らは殺さなれなければなからなかったのか?

本作のテーマは他者への無関心だ。

他者へ最も無関心になるのは、どんな時だろうか?それはおそらく、自分が大きな問題に直面している時ではないだろうか。例えば道端でいかにも気分が悪そうにしゃがみこんでいる人がいたとする。通りかかったのが散歩中であれば、普通の人ならば声をかけたり救急車を呼んだりするだろう。しかし、商談に遅刻しそうで急いでいる途中であれば?仕事をクビになり人生に絶望しているときであれば?同じように、他者に関心を払えるだろうか?

本作でも、4人の被害者たちは、彼らの人生において大きな問題に直面しているところだった。1人目の会社員は汚職事件で逮捕の手が自分にのびそうになっていたし、2人目の若者は金を持ち逃げした強盗仲間を追っていた。3人目のOLは自分の恋人にきた縁談をぶち壊そうと躍起になっており、4人目の医者は次期院長の座を年下の医者に奪われそうになり悩んでいた。

自分の悩みでいっぱいいっぱいの時に、自分が犯した小さな間違いが、1人の女の子を死へ向かわせたなどとつゆほども気づかなかったのだろう。

解説において、同じようなテーマとしてウールリッチの黒衣の花嫁が挙げられている。しかし、「黒衣の花嫁」が5人で1つの行為が引き金だったのに対して、今回は4人の行為が不幸にも連鎖してしまったゆえに起こった悲劇という点で、よりやりきれなさを感じる。

 

ところで、この本のすごいところとして最後の最後まで犯人の影が微塵も感じられないという点がある。誰が犯人が分からない、というのではなく、犯人の気配が全くしないのだ。これはもしかすると、被害者たちの主観で語られる物語を読み進めているうちに、私自身も彼らの問題事以外のことが見えなくなっていたからなのかもしれない。

ミッシングリンクが見つかったとき、はじめて周到に張り巡らされていた伏線に気づく。あれほど見えてこなかった犯人の影が、陽炎のように現れ、ああ、やられたと久々に声を出して唸ってしまった。

 

 

*他者への無関心というテーマを扱った作品として2006年に公開された「明日、君がいない」というオーストラリアの映画があるのですが、これがまた傑作です。構成が非常に巧みで、これ以上に考えさせられる作品はみたことがないです。ただ、内容は重く鬱展開なので、調子のいい時にみるのがおすすめです。