ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㉞暗幕のゲルニカ 原田マハ

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▶あらすじ

ニューヨーク、国連本部。イラク攻撃を宣言する米国務長官の背後から、「ゲルニカ」のタペストリーが消えた。MoMAのキュレーター八神瑤子はピカソの名画を巡る陰謀に巻き込まれていく。故国スペイン内戦化に創造した衝撃作に、世紀の画家は何を託したか。ピカソの恋人で写真家のドラ・マールが生きた過去と、瑤子が生きる現代との交錯の中で辿り着く一つの真実。怒濤のアートサスペンス!

 

 

 

 

▶ネタバレ感想

「楽園のカンヴァス」ではアンリ・ルソー「たゆたえども沈まず」ではゴッホ「ジヴェルニーの食卓」では印象派の画家たち、そして「暗幕のゲルニカではピカソ

原田マハさんのアート小説を読めば、何となくみてきた名画の名画たる所以が知れる。

ピカソは、それこそ幾何学的な不思議な絵を描く画家というレベルの知識しかなかった。ゲルニカという作品も、存在は知っていたがスペイン内戦への批判を込めた作品だということは知らなかった。

ゲルニカは、バスク地方の小さな街で、史上初の無差別爆撃が行われた場所である。ゲルニカでのこの空爆は、日本に対する原爆の投下とルーツを同じくする出来事である。当時パリにいたピカソは、ゲルニカ空爆のニュースを聞き、戦争に対する怒り、嘆き、そしてその愚かさをキャンパスにぶつけた。そして生まれたのが「ゲルニカ」だ。

 

本作は現在パートと過去パートが交錯しながら物語が進む。

現代パートは9・11後のアメリカが舞台だ。「戦争」という言葉を避け、「テロとの闘い」と謳いイラクへの攻撃を始めたアメリカ。愚かな戦争を止めるため、罪なき人々の犠牲を出さないため、ピカソの研究者である八神瑤子は自身の主催するピカソ展で反戦のシンボル」であるゲルニカを掲げる決意をする。しかし、ゲルニカを所有しているスペインでは、ゲルニカ奪還を企むバスク地方のテロ組織が存在し、ゲルニカを組織から守るためにも、ほぼ永久的に貸し出しは出来ないと拒絶されてしまう。

 

一方過去パートは、ゲルニカが制作された1930年代のパリを舞台とし、ピカソの愛人であるドラ・マールの視点で話が進む。彼女はゲルニカの制作過程を撮影し続け記録を残した人物で、また「泣く女」のモデルともなった女性だ。ゲルニカの誕生から、その後ナチスに目をつけられたゲルニカを国外に逃がすまでの、ピカソやその支援者たちの闘いが描かれる。

 

原田さんの作品に登場する者たちは、みなそれぞれ自分にとっての「運命の絵」と出会い、その絵が人生の指針となっている。本作も、ゲルニカに魅了された二人の女性が登場する。

私は美術館で絵をみることが好きだ。しかし、まだ運命の絵には出会っていない。ゆえに、わたしは人生を変えるほどの絵画の力というものがまだ分からない。

しかし本作を読んで、実際に絵画の力は存在するかもしれないと思った。というのも、「ゲルニカ暗幕事件」は決して創作ではないのだ。実際に、パウエル長官がイラクへの攻撃を事実上肯定した会見で、長官の後ろにあるはずのゲルニカタペストリーがなかったのだそう。本作のタイトル通り、その時だけ暗幕がかけられていたのだ。真意は定かではないが、戦争を肯定する会見の背後で「反戦のシンボル」に暗幕がかけられたことは、絵画の力の存在を何よりも証明する出来事のように感じた。