㉑たゆたえども沈まず 原田マハ
▶あらすじ
19世紀後半、栄華を極めるパリの美術界。画商・林忠正は助手の重吉と共に流暢な仏語で浮世絵を売り込んでいった。野心溢れる彼らの前に現れたのは日本に憧れる無名画家のゴッホと、兄を献身的に支える画商のテオ。その奇跡の出会いが"世界を変える一枚”を生んだ。読み始めたら止まらない、孤高の男たちの矜持と愛が深く胸を打つアート・フィクション。
▶ネタバレ感想
アンリ・ルソーにスポットをあてた「楽園のカンヴァス」が良かったので、今回はこちらの作品を読んでみた。
正直、ゴッホは特別好きな画家でもないし、耳を切り落としたことや自殺したという有名なエピソード以外はほとんど知らない。彼の絵も、ひまわり、種を撒く人(ミレーの落穂拾いが好きなので)、タンギーじいさんくらいしかぱっと思いつかなかった。
しかし、この本を読んでから改めて彼の絵を見てみると、いろんなことを感じ取ることができた。
ひまわりは、黄色の洪水のカンバスの中で、なぜこんなにも生き生きとしているのだろう。
タンギーじいさんの、人柄さえも感じられる温かい絵。そしてその背景に、大好きな浮世絵を描いたゴッホの気持ち。
「楽園のカンヴァス」を読んだときにも思ったけれど、絵というのは画家やその絵が描かれた時代のことを知ってからみると、感じ方が変わるんだな。
これまで美術館なんかに行ったとき、画家の年表とか時代の説明は読み飛ばしていたけれど、すごくもったいないことをしていたなあと思った。
ゴッホが浮世絵に強く影響を受けていたなんて知らなかった。
パリで起こったジャポニズムブーム。ただ物珍しさに浮世絵を漁る人々の中で、自分の作風に影響を与えるほど浮世絵に魅了されていたゴッホ。
ゴッホが模写した歌川広重の「大はし あたけの夕立」をネットで調べてみてみた。線が画面を横切る雨の描写、夕立の一瞬をとらえた臨場感のある絵。日本画の知識なんて全くないけれど、確かにすごい絵だなあと思った。
印象派の歴史も少し学べた。"きちんと描くこと"が当たり前だった中で、ぼんやりと、にじむようなタッチの印象派の絵が、世間から馬鹿にされていたいうのは確かに納得がいく。写実性が求められる中で、ぼんやりとした絵を描くのは技術がないからだと批判されていたけれど、それこそが”新しい手法”の誕生だったんだな。
兄の絵を誰よりも愛し、憎んだテオ
ゴッホを文字通り一生をかけて支え続けた弟のテオ。
精神が不安定で飲んだくれだったゴッホを、内面的な面でも経済的な面で支え続けた。自分自身も多くの犠牲を払い、絶えない苦労の中で、兄の前で死んでやると思い詰めることもあった。
本の中では、テオがゴッホを憎んでいる描写があったけれど、本当はゴッホの描く絵を憎んでいたんじゃないかなと思った。
兄の絵がほんとうにへなちょこだったら、彼もここまで苦しまずに済んだのだ。兄の絵を愛してしまったからこそ、ぼろぼろになりながらも支え続けたんだなあ。