ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㉝ぼっけえ、きょうてえ 岩井志麻子

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▶あらすじ

―教えられたら旦那さんほんまに寝られるんようになる。・・・この先ずっとな。時は明治。岡山の遊郭で醜い女郎が寝つかれぬ客にぽつり、ぽつりと語り始めた身の上話。残酷で孤独な彼女の人生には、ある秘密が隠されていた・・・。岡山地方の方言で「とても、怖い」という意の表題作ほか三篇。文学界に新境地を切り拓き、日本ホラー小説大賞山本周五郎賞を受賞した怪奇文学の新古典。

 

 

 

 

 ▶︎ネタバレ感想

岡山地方が舞台のホラー短編集。明治時代の遊郭や、閉鎖的な山村や漁村で起こる怪異が岡山の方言で語られる純和風ホラーである。

さて、それぞれの話には幽霊らしきものや得体のしれない化け物が出てくるが、わたしは怪異よりも、人間のほうが怖かった。

 

まず表題作のぼっけえ、きょうてえ。女郎の語る「姉ちゃん」の正体が人面瘡だったというのは、衝撃的であるものの、それ自体は怖くない。怖いのは「うちの姉ちゃん、旦那さんに惚れたみたいじゃわ。」という最後の女郎の言葉だろう。このおぞましい出来物に執着されてしまった男はその後どうなるのか。尻切れトンボの終わり方が居心地の悪さを残す。

「密告函」では、お咲の霊よりも、表面上は普通の顔をしながら、裏で憎悪や悪意にまみれた行動をする人間たち―密告函に投函する村人や、従順な振りをしながら夫を殺そうとする妻―のほうが遥かに恐ろしい。

「あまぞわい」では、海女の霊が出てくるが、ユミが何よりも恐れているのは、自分が姦通していることが夫にバレることだ。彼女の恐怖の対象は霊などではなくもっと現実的なもの、夫や自分を取り巻く小さな世間なのだ。

「依って件の如し」は霊ではなく、牛の化け物が登場する。幼いシズは化け物の影に怯えるが、最後に彼女が知ることとなる現実のほうが何倍も陰鬱だ。慕っていた兄が自分の父親だったという事実、そして既に死んでいる息子の帰りを待つ竹爺の胸中―

 

 

現状が不幸な者ほど、彼岸に引き寄せられてしまうというのがやるせないな。一般的なホラーは、怪異自体がメインで、それ以外の部分は効果的に恐怖を演出するための道具に過ぎないが、本作は逆のように感じた。人間の憎悪や悪意のほうがはるかに恐ろしく、あちら側の世界は、ただ行き着くべくして存在する場所なのだ。