ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

⑦天使の殺人 辻真先

*ネタバレを含みます。

 

作者の辻真先さんは、「たかが殺人じゃないか」で2021年度このミス1位をとっている。なんと御年88歳だとか。恐れ入りながら著作を知らなかったので、調べてみたところ、別名義=牧薩次(辻真先アナグラムだ!)で「完全恋愛」を書かれていた。

 

今回は、実際に舞台で上演された「天使の殺人(完全版)」を購入。

これ、完全版ということで、本編と戯曲版が収められていて、本編が小説版天使の殺人、戯曲版は実際上演されたものの準備稿である。なので、あらすじ以外はまったく違う内容なのだが、前知識の全くなかった私は本編と戯曲版をあわせて1つの内容だと思って読んでしまったので混乱した。勿体ない!

 

内容としては、犯人=探偵という設定や、被害者が次々取り換えられていくのが新鮮だった。また、「完全恋愛」の時も感じた記憶があるが、作者が脚本家ということもあってか、セリフが軽快でテンポが良い。どこかコメディめいていて、本編の女優たちの仕掛け合いもおもしろい。所々いれてくるジョークや皮肉もセンスがあって、特に、番号を省略されて「円周率!」と天使長に呼ばれた天使が「パイ!」と答えるのが可笑しかった。

 

ただ、どこまで現実でどこまでが脚本なのか分からなくなるため、結局どこがオチなのか分からないというのが正直な感想だ。

また疑問なのは、本編において、結局由香里は北風みね子になれたのか?ということ。

天使は「北風みね子を殺す」ことは諦め、みね子候補の3人の女優のうち1人を殺し、生き残った2人がみね子にならないように手配することで、死んだ1人を北風みね子にするという逆説的手段をとる。

そこで、生き残った2人をみね子にさせないために、みね子役を決める権利を持つ青江をあらかじめ殺しておく。

一方、青江とみね子の訃報を知った劇団関係者たちは、「天使の殺人」の上演を中止する理由として、「①脚本の後半が不明なこと②青江を殺した犯人が劇団関係者の中にいる可能性があること」の2点をあげている。

天使としてはそのまま放っておけば、「天使の殺人」は上演されず計画通りのはずなのに、なぜか「青江殺しが天使の仕業とバレてはまずいから何者かを犯人に仕立て上げよう。しかし生きている人間に冤罪を負わせるわけにもいかないので、青江殺しの罪は死者(北風みね子)にかぶってもらおう」とする。

その結果、死んだ由香里は青江殺しの犯人にされるのだが、それでは上演を中止する理由がなくなってしまうのではないか?理由①の脚本の後半は由香里が死に際に劇団に送っていたし、②は死者が犯人だったためクリアすることになる。

どん欲な千春とレイのこと。このままでは「天使の殺人」は上演されてしまい、どちらかが北風みね子になるだろう。それでも由香里はみね子だと言えるのだろうか?

 

(しかし、そもそもどこまでが現実でどこまでが作中作なのかが分からないし、天使がどこまで現実に手を加えているのかもはっきり分からないので、何とも言えないが)