ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㉟鳥 デュ・モーリア傑作集 ダフネ・デュ・モーリア

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▶あらすじ

ある日突然、人間を攻撃しはじめた鳥の群れ。彼らに何が起こったのか?ヒッチコックの映画で有名な表題作をはじめ、恐ろしくも哀切なラヴ・ストーリー「恋人」、奇妙な味わいをもつ怪談「林檎の木」、出産を目前にしながら自殺した女性の心の謎を探偵が追う「動機」など、物語の醍醐味溢れる傑作八編を収録。「レベッカ」と並び代表作と称されるデュ・モーリアの短編集、初の完訳。

 

 

〝傑作集〟と謳われているだけあって、どの短編もレベルがバベルの塔並みに高い(?)

デュ・モーリア作品は、代表作レベッカと、第2のレベッカと呼ばれている「レイチェル」を読んだことがある。「レベッカ」は言わずもがな、「レイチェル」も決してレベッカの二番煎じではなく、一味違う良質ミステリだ。

本作をいれてたった3作しか読んでいないが、デュ・モーリア心理描写が非常にうまい作家だと思う。「心理サスペンスの女王」と呼ぶべきか。今ではもう古典の部類にはいるのかもしれないが、それで敬遠していては勿体ない!「レベッカ」を一度読んでみてほしいところだが、長編はちょっと・・・と言うことであれば、粒揃いの本作をおススメしたい。

 

 

▶以下、特に印象深かった5作について紹介します!

 

①「恋人」

わたしはこの話が一番好きだった。主人公が一目ぼれした女性の正体に、読者は早い段階で気づくだろう。

主人公の恋は決して叶わないと読者は分かっているからこそ、彼らの行動や言葉の一つ一つに胸が締め付けられる。残酷な物語でありながら、苦しくなるほど切ない。雨降る夜の墓地のシーンは中々忘れられない。

 

 

②「鳥」

ある日突然、鳥たちが狂暴化し人間を襲うという恐ろしい話で、デュ・モーリアの代表作の一つ。ヒッチコックにより映画化もされており、原作は知らなくてもタイトルは聞いたことはあるかもしれない。

パニック小説といえば、登場人物が多いイメージがあるが、「鳥」では主人公一家以外ほとんど登場せず、その世界は閉鎖的だ。

また、パニック小説やディザスター映画などは、基本的に【動】である。戦う、逃げる、など行動的な意味はもちろん、襲来した危機に対し人間がどのように抗い平穏を取り戻すかというのが物語の主体だからだ。

それに対し、本作の主人公は家族を守ることだけを考え、籠城という最も賢明な方法をとる。

そのためオーソドックスなパニックものに比べて全体的に【静】であるが、このような主人公の心理状態にしても、また鳥に襲われた死体がむやみに出てこないことからしても、エンターテイメント性が排除されておりリアルな恐怖がある。そのため、「パニック小説」というよりは「上質なサスペンス」といった印象を受けた。

 

 

③「モンテ・ヴェリタ」

解説で千街氏がデュ・モーリアの短編の中でも一、二を争う傑作、あえて言うなら〝神品〟だと思う。」と絶賛している通り、他にはない独特の雰囲気を持つ作品だ。

主人公の友人夫妻は、山登りの途中である村を訪れる。しかしその晩、妻が突然姿を消してしまう。探し回る友人に村の人々は言う。この村では女の失踪が続いており、彼女たちはみんなモンテ・ヴェリタに呼ばれていってしまったのだと。そこで彼女たちは永遠に美しいまま生きるのだと。

本作は圧倒的な【幻想性】を持ちつつも、幻想小説ではない。幻想と現実のはざまで絶妙なバランスをとる作品だ。

ラスト、その余韻に浸っていた読者は、冒頭に提示されていた3つの仮説をもう一度読み返すことによって、幻想でも現実でもない場所へ放り出されるような感覚を味わうだろう。

 

 

④「林檎の木」

異色のホラーである。

疎ましい妻が死に、ようやく自由を手に入れた主人公。しかし、庭に生えた妻そっくりの陰鬱な林檎の木が目について・・・。動くこともしゃべることもないただの木をこれほどまでに恐ろしくできるのは、モーリアの卓越した心理描写でこそなせる業だろう。

 

 

⑤「動機」

出産を間近に控えていた妻が突然自殺してしまい、その動機を探っていくミステリ。幸せいっぱいだったはずの妻の身に何が起こったのか?

探偵が探り出していく彼女の過去は、思いもよらぬ暗闇へと繋がっていく。この短編集の中では唯一ミステリの体系をとり、ホワイダニットが見事な作品だ。