ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㉒ラスプーチンが来た 山田風太郎

▶あらすじ

日露戦争中、ロシアの内乱を企て日本を勝利に導いた男、怪男児明石元二郎の若き日の物語。明治23年、ひそかに来日し暗躍していた怪僧ラスプーチン。彼はロシア皇太子襲撃を画策していた!?チェーホフ二葉亭四迷乃木希典森鴎外までをも巻き込んで日本とロシアの大怪物の対決は続く。

 

 

 

 

 

 

▶ネタバレ感想

ラスプーチンって何者??

まずはじめに。

このネタバレを読んでいる方には不要だと思うのだが、ラスプーチンって誰?という方に、説明しよう。

 

のちにロシア革命で虐殺されるロシア皇帝ニコライ2世と皇后の間には、後継ぎとなる男の子がなかなか生まれなかった。(女の子は4人いて、そのうち末娘が世界のミステリーの一つとしても取り上げられるあのアナスタシアだ)姑からの圧力もあり苦しんでいた皇后は、やっとアレクセイという男の子を授かる。しかし、アレクセイは血友病だった。血友病は、些細な傷で出血がとまらなくなる病気で、当時は治療法がなく、血友病の子どもは思春期まで生きられない短命の運命だった。ある日アレクセイの出血がとまらくなり焦った皇帝夫妻は、当時巷で有名だった不思議な力を持つという僧、ラスプーチンを呼び寄せる。

半信半疑な夫妻だったが、ラスプーチンはいとも簡単にアレクセイの出血をとめてしまった。

それ以来、皇后はラスプーチンをそばにおき、彼は皇室と強いパイプを得る。だんだんと、政治にも口を出すようになり、当然の成り行きとして反対派に暗殺を企てられる。

反対派はあるパーティでラスプーチンの飲み物に毒をいれる。しかし、ラスプーチンは致死量の2倍の毒入り飲み物を飲んだにもかかわらず、なぜか死ななかった。恐れおののいた暗殺者は、ラスプーチンに銃を発砲。心臓に命中したはずが、それでもラスプーチンはふらふらと立ち上がる。恐慌をきたした暗殺者は、再度発砲し、殴る蹴るの暴行を加え、動かなくなった体をそのまま湖に沈めてしまった。これでラスプーチンは完全に死んだのだが、後から遺体を調べたところなんと死因は溺死だったとか。これが不死身と謳われた男の最期である。(諸説あります)

 

 私はこのあたりの歴史を、島田荘司の「ロシア幽霊軍艦事件」で知った。様々な伝説を持つロシアの怪物に非常に興味をひかれたので、タイトルに彼の名のある本作を読んでみた。

 

 

明治の怪物大集合!

本作では、歴史上の人物がじゃんじゃん出てくる。

主人公の明石元二郎は、名前も聞いたことがなかったが、日露戦争の立役者なんだとか。下品でルーズだけれど、豪快で頭の回転が速く大胆不敵。雪香を助けにくるシーンはかっこよかった。

一方、下衆野郎として描かれる稲城黄天も飯野吉三郎という実在した人物で、日本のラスプーチンと呼ばれていたのだとか。

そのほかにも、二葉亭四迷や、内村鑑三乃木希典大津事件の津田三蔵なんかもでてきて、この時代が好きな人にはたまらないのではなかろうか。

そして異彩を放つのが本家ラスプーチンだ。もじゃもじゃした長い毛を蓄え、年齢不詳な怪しい風貌、治らない病でも簡単に治してしまう不思議な力を持ち、何を考えているのか分からないその目は虎視眈々とロシア皇室を狙っている。稲城黄天とは比べ物にならないほど脅威である。あの完全無敵だった明石中尉ですら、最後敗れてしまうほど。そんな得体のしれない人物が皇室に寵愛されていたのだから、当時ロシアで暗殺計画が起こるのも避けられなかったのだろうなあ。

 

大津事件の黒幕、ラスプーチン

登場人物の魅力もさることながら、歴史フィクションとしてよく出来ているなあと思った。

ニコライ2世が日本を訪問し、大津事件で襲撃され、日本が大パニックに陥るという教科書でも印象深い歴史が舞台なのだが、実は時を同じくして、ロシアの怪物ラスプーチンが、人知れず日本に降り立っていたという物語だ。

 

中盤あたりまで、ラスプーチンが何を目的に来日したのか、彼が何を企んでいるのか、なぜ雪香をさらったのか全く分からずもやもやするのだが、終盤に近付くにつれ、歴史を知っている読者なら、ああ、まさか・・・とすべてを察するだろう。ここが歴史フィクションの美味しいところではなかろうか。

 

なぜ雪香をロシアへ連れていつたのか?

どういうわけか、最後ラスプーチンは雪香をロシアへ連れて帰ってしまう。

大津事件を起こすために雪香をさらう必要があったのは分かるのだが、なぜその後も開放せずにロシアへ連れて行ってしまったのか。

わたしが思うに、雪香の血を利用しようとしているのではないだろうか・・・。雪香が男の子を生んだ場合、不幸にも遺伝的にその子は血友病である。

ラスプーチンには人の傷を癒す不思議な力がある。当時、治療法のなかった血友病を治すということは、彼の大きなセールスポイントになる。しかし、血友病は珍しい病気だから、そこらへんに患者がいるわけではない。そこで雪香だ。血友病の保因者である雪香は血友病患者を生む確率が高い。胸糞悪い話だが、そこを利用したのではないだろうか・・・。

しかし、皇太子の子アレクセイが血友病だったというのは果たして偶然なのだろうか・・・。