ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㊱幻燈辻馬車 山田風太郎

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▶あらすじ

明治15年。年々文明開化の華やかさを増す東京を行く1台の古ぼけた馬車があった。それを駆るは元会津同心の干潟干兵衛。孫娘のお雛を馭者台の横に乗せて走る姿が話題を呼び、日々さまざまな人物が去来していく。ある日2人は車会党の恨みを買い、壮士らに取り囲まれてしまう。危機に晒されたお雛が「父!」と助けを叫ぶと、なんと無人の辻馬車が音もなく動き出した!そして現れたのは・・・?山風明治ロマネスクの最高傑作。

 

 

(個人的な)点数:8/10

 

 

 

朴訥だけれど情に厚い干兵衛と、干兵衛の孫娘のお雛。干兵衛はささやかながらも穏やかな日々を送りながら、毎日辻馬車を走らせる。しかし、この親子馬車に乗車してくるのは問題を抱える者たちばかり。時には自ずから、時には意図せず、干兵衛は自由民権を掲げる壮士たちの闘いに巻き込まれてゆく。

「明治ものの傑作」と謳われるだけあって、非常におもしろかった。

山田風太郎といえば、史実とフィクションの融合だ。本作も、登場人物たちのほとんどが実在の人物である。作中で起こった出来事を調べてみると、実際にあった歴史的事件だったりするのが楽しい。

訪れるピンチに、干兵衛の機転や、仲間たちやお雛の呼ぶ幽霊の力を借りて、切り抜けてゆく王道的な展開の中に、ピリリとシビアな部分もあるのも山風作品の魅力。干兵衛も予想できなかったお梅の行動や、人格が変わってしまった赤井の姿など、ただの娯楽小説とは言えないところがまたいい。

 

 

幽霊ものとして

危機に陥ったとき、お雛が呼ぶと助けに出てくる息子の蔵太郎と妻のお宵の幽霊。どんな強敵も、攻撃の効かない幽霊には適わない。しかし、お雛の成長とともに、徐々にお雛の呼ぶ声は彼らに届かなくなって・・・。

幽霊ものでありながら、そこに哀切さはない。死んだ父を呼ぶお雛の姿にはほろりとするものがあるが、幽霊たちと干兵衛たちの関係は意外にもドライだ。蔵太郎など、お雛の声が聞こえず出てくるのが遅れれば、干兵衛に「呼んだらすぐ出てこい!」と叱責される始末(笑)

しかし、この設定、ラストに思わぬ角度からガツンと食らわされる。この清々しい幕引きのために用意されていたのかと思うほど。

「明治断頭台」と並んで、ラストが印象深い一冊だ。