ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㉖郵便配達は二度ベルを鳴らす ジェイムズ・M・ケイン

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▶あらすじ

街道沿いのレストランで働き始めた俺は、ギリシャ人店主の美しい妻コーラにすっかり心を奪われてしまった。やがて、いい仲になった彼女と共謀して店主殺害を計画するが・・・。緻密な小説構成の中に、非常な運命に搦めとられる男女の心情を描きこんだ名作

 

▶ネタバレ感想

ハートボイルドとノワール小説

ハートボイルドは聞いたことあるけど、ノワール小説って何だろう?と思う方は多いかもしれない。わたしもその一人だ。本作の解説で諏訪部浩一氏は以下のように述べている。

「ハードボイルド小説」と「ノワール小説」の違いを明確にするのは難しいが、前者が主人公の「キャラクター」に力点を置く作品であるのに対し、後者は主人公を取り巻く「世界」を「問題」とするタイプの小説であるとはいえるだろう。したがって、作品の受容という観点から(単純化して)いえば、「ハードボイルド小説」の読者が「タフ」な主人公の冒険に胸を躍らせ、複雑な「現実」を忘れていたのだとすれば、「ノワール小説」の読者はデリケートな「現実」の中でもがき苦しむ主人公の「弱さ」に共感するようになった。

そして、本作は、ノワール小説」に当たるのだと言う。

わたしが本編を読み終えて感じたのは、何だかよく分からないもやもやだった。主人公の「俺」ことフランクと、恋人のコーラは逃避行を企てるのだが、どうもうまくいかない。コーラの夫を殺害するも、完璧な計画とは言い難く、すぐに警察に捕まってしまう。そしてあっけない幕引き。ストーリーの要である2人の逃避行は最悪の結末を迎える。

結局、すべてが中途半端だ。2人の計画も、コーラの煮え切らない態度も。

しかし、解説を読んで、これこそが「ノワール小説」というものなのかと納得した。確かにフランクは「弱い」。警察の取り調べでは、愛するコーラに罪を着せてしまうほどに。本人は自分を根っからの流れ者だというけれど、それは単に彼が一つの場所に留まる覚悟がないからなのだろう。

彼の弱さこそが、この物語を中途半端にしているのであり、その尻切れトンボのような幕引きこそが抑圧された世界の中でもがき苦しむ男のリアルな末路なのかもしれない。

 

タイトルの意味

郵便配達は二度ベルを鳴らす」。ユニークなタイトルだが、作中に郵便配達は一切出てこない。解説によれば、作者が友人宅に来る郵便配達がいつもベルを二度鳴らすことから、「重要な出来事は二度起こる」本作のタイトルにぴったりだと考えたのだとか。

確かに、ギリシャ人店主の殺害計画や、コーラのもとを二度去り二度戻ってくるフランクの行動など、同じことが二度繰り返されている。そして、二度目の出来事こそが死刑台へと続く分岐点に思える。ギリシャ人殺害を一回目の失敗でやめていれば、コーラのもとへ帰らなければ・・・彼らの望む生活は手にはいらなかっただろうが、少なくとも最悪の結末は避けれたのに。