㉚あの日の交換日記 辻堂ゆめ
▶あらすじ
先生、聞いて。私は人殺しになります。お願いだから、邪魔しないでね?(教師と児童)私は彼女に合わせる顔がありません。毎日不安でいっぱいです。(上司と部下)交換日記を始めるにあたって、一つだけ、お願いごとがあります。このノートの中でだけ、今まで話してこなかったようなことを振り返ってみる。それって、なんだか素敵じゃないですか?(夫と妻)―さまざまな立場のふたりが繋ぐ七篇の日記が謎を呼び、そしてある真相へ繋がっていく―。
▶ネタバレ感想
面と向かっては言えないことも、一人で抱え込んだ悩みも、交換日記を通してなら伝えられる。
「先生」が考えた生徒との交換日記は、ある時は支えとなり、ある時は架け橋となり、ある時は真実を解き明かす鍵となる。
それぞれの短編ではささやかながらもあっと驚く仕掛けが楽しめる。冒頭に掲げられた「交換日記のお約束」がミステリ上のルールとして機能しているのがおもしろい。
また、本作はそれだけではない。この物語の中心となる「先生」の正体について、全編を通して叙述トリックが仕掛けられている。
叙述トリックについていえば、実はある一つの矛盾に気づくことが出来れば解ける仕組みになっている。
「井上先生」と「小百合先生」が同一人物だと仮定して、各短編を時系列に並べてみよう。
①「姉と妹」5年生担当
※さくらの回想で去年さくらがお世話になった井上先生は、今は六年生の担当をしているとあるため②より前である。
②「教師と児童」6年生担当
③「母と息子」2年生担当
※この年の5月に「井上先生」の身に何事かが起き学校を休んでいる。
④「加害者と被害者」
※私が二か月前まで担当していたのも、二年生のクラスでしたとあることから③と同じ年のことである。
▲なお、「入院患者と見舞客」は①より前か、②と③の間にはいるはずだが、どちらであるか確定要素はない。
こうして並べてみると一見齟齬はないように思えるのだが、たびたび登場する「マチコの森」というケーキ屋さんがトリックを破るキーとなる。④において「小百合先生」がマチコの森は3か月前にオープンしたばかりだと述べている。しかし④の2年前であるはずの①において「マチコの森」は既に町の人気ケーキ屋さんとして存在しているのだ。このことから、少なくとも①と④の先生は別人であることが分かる。次に名前に注目すると、①に登場する先生は「井上先生」と呼ばれており、④に登場する先生は「小百合」という名前を持つ。①と④の人物は別人であることから、「井上先生」と「小百合先生」という2人の女性が存在することになる。そうすれば、同じく「井上先生」と呼ばれる先生が登場する②、③も、④とは別の時間軸であることが分かる。さらに、④において小百合先生は、過去に白血病の女の子と交換日記をしていたと述べていることから「入院患者と見舞客」の名無しの先生は小百合先生となる。
一つの矛盾で解体できてしまうという点では単純なのかもしれないが、私は小細工の多いトリックよりもこういう大胆さのあるトリックのほうが好きだ。また、そもそもこの作品はトリックがメインではなく、トリックの発動によって生まれる様々なドラマが主役だと思う。間接的に明かされる「小百合先生」の死の真相に胸が痛くなったり、「井上先生」と「小百合先生」の関係性に心が温かくなったり、「井上先生」の夫の名前に驚かされたりと、次々と感動が訪れる最終章は見事だった。