㉛柳生忍法帖 山田風太郎
▶あらすじ
会津大名、加藤明成は淫虐の魔王ともいうべき暗君だった。諫言の末、主家を見限った堀主水は妖異凄絶の武術を持つ会津七本槍を差し向けられ、一族郎党を惨殺されてしまう。唯一生き残ったのは、かよわき7人の女。父や夫の仇討ちを誓う女たちは、剣豪・柳生十兵衛の助けを借り、命懸けの特訓を始める。奔放無類な十兵衛も陰ながら援護し、悪鬼のごとき形を討ち果たすべく凄絶な闘いを挑む!十兵衛三部作の記念すべき第一作。
時は寛永。歴史上の人物たちオールキャストで贈る女性の復讐劇!(*以下ネタバレなし)
本作は、大胆不敵な剣術の達人・柳生十兵衛が活躍する柳生三部作の記念すべき一作目だ。といっても、本作の主役は十兵衛ではなく、七人の美しい女性たち。暴君・加藤明成により、父や夫を虐殺された彼女たちの復讐劇であり、弱い者が強い者を討つという下剋上的なバトル小説となっている。
復讐に燃える女性たちを指導することになったのは、隻眼の剣豪・柳生十兵衛。彼が教えるのは武術そのものではなく、軍学だ。妖術を操る敵衆には、たとえ彼女たちが百年鍛錬しようと太刀打ちできない。そこで、いかにして敵を出し抜きその懐に刃を届かせるか、彼女たちの闘いにおいては戦略が要となる。「甲賀忍法帖」が忍術VS忍術の直接的なバトルだったのに対して、今回は意表をつくような戦略の数々を楽しめる。
そんな彼女たちを迎え撃つのは、明成をはじめ、妖術の使い手・七本槍衆、そして明成の背後で糸を引く黒幕・芦名銅伯だ。彼らの悪行は酸鼻・淫乱を極め、読んでいて胃がむかむかするほど。「甲賀忍法帖」よりははるかにグロイ。しかし、残虐であればあるほど、彼らが打ち負かされたときスカッとするものだ。
実在の登場人物たち
また、山田風太郎作品の魅力といえば、史実とフィクションの融合による独特の世界観だろう。本作でも登場人物のほとんどが実在した歴史上の人物だ。柳生十兵衛はじめ、十兵衛の父で剣豪・柳生宗矩、会津の第二藩主・加藤明成、会津騒動で有名な明成の家老・堀主水、黒衣の宰相・南光坊天海、臨済宗の名僧・沢庵和尚、徳川秀忠の娘であり悲劇のヒロイン・天樹院こと千姫などなど。
日本史が好きな人であれば、より深く楽しめるだろうし、日本史に詳しくなくてもその強烈なキャラクターたちの元の姿に興味が湧くだろう。
どの人物も魅力的なのだが、中でもやはり十兵衛は断トツでかっこいい。自由奔放な風来坊でありながら、剣の腕は一級で、その性格は一本芯が通っており男らしい。それでいて女性には優しいものだから、彼の七人の教え子たちが惚れてしまうのも無理はない。彼をめぐる女性たちの恋の争いや、思わぬ女難におろおろする十兵衛の姿もまた見どころである。
▶ネタバレ感想
非常におもしろかった!上巻に至っては一日で読んでしまったほど。
序盤のお鳥VS平賀孫兵衛の闘いは、まんじ飛びや竹の橋での修業が伏線回収された見事なコンボ技で鳥肌もの。また、捕らわれたお鳥とお品を救うため、鷲ノ巣廉助に立ち向かった多聞坊と雲林坊の死に様はあまりにもかっこよすぎる。
七本槍に対し、1対1もしくはチームで挑んでいく彼女たちの闘いはどれもおもしろく熱くなるが、強いて言うなら、危機一髪の状況を明成を人質にして切り抜けるという展開が少し多かったかもしれない。七本槍衆もぼやいていたけど、明成がお荷物すぎるので、どこか遠くで身を隠していてもらったほうが良かった(笑)
また、ほかにも気になった点はいくつか。十兵衛がフェミニストなのは分かっていたことだが、おゆらに対してまで情けをかけていたのは納得いかず。作者がおゆらの存在を気に入ってしまったのだろうか・・・後半はおゆらがほとんど主役と言ってもよく、堀の七人は存在が薄くなってしまっていた。しかも、十兵衛は七本槍衆には手をだしてはいけないというルールがあったにも関わらず、やむを得ない状況とはいえ十兵衛が銀四郎を討ってしまったのは驚いた。上巻と下巻で物語の主軸が変わってしまっているように感じた。
しかし、それはそれで結局下巻も十分おもしろいのだ。つらつら言っているが、不満ではなく贅沢を言っているようなもの。忍法帖シリーズに限らず風太郎作品にはひれ伏すばかり。続編「魔界転生」が楽しみでならない。