ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

⑱蒼海館の殺人 阿津川辰海

▶あらすじ

学校に来なくなった「名探偵」の葛城に会うため、僕はY村の青海館を訪れた。政治家の父と学者の母、弁護士にモデル。名士ばかりの葛城の家族に明るく歓待され夜を迎えるが、激しい雨が降り続くなか連続殺人の幕が上がる。刻々とせまる洪水、増える死体、過去に囚われたままの名探偵、それでも―夜は明ける。新鋭の最高到達地点はここに、精美にして極上の本格ミステリ

 

 

 

 

ネタバレ感想

イムリミット探偵、モラトリアムを超えて

前回は山火事、今回は洪水

死が差し迫る危機的状況の中で推理する葛城のことを勝手ながらイムリミット探偵と呼ばせていただく(笑)

紅蓮館での出来事から、探偵としての存在意義を見失い、推理することを拒否していた彼だが、ある一家の命を救えたことで自信を取り戻し、”蜘蛛”と対峙する。

葛城の探偵としての成長、家族との和解と決裂が描かれており、ドラマ部分に力が入っていた。

 

事件はというと、クローズドサークル、怪しい一族、顔のない死体、わくわくする要素がいっぱいだったが・・・

 

 

 

大の苦手な黒幕系だった(泣)

 

 

実行犯の裏に操ってる人間がいるパターンは好きじゃないのです。(ごめんなさい)

まずそんな思い通りに人を操れるわけないのだ!

しかも、1000歩譲って家族の行動だけならまだしも、初対面の田所の行動まで読んでいたというのはなあ。

 

また正の筋書きで一番気になったのは、顔のない死体を作り出すところだ。

由美が正(実際は黒田)を顔を吹き飛ばす方法で殺さなければ、この計画は破綻してしまう。黒田を眠らし銃口を咥えさせておくというお膳立てはしているが、由美が顔を吹っ飛ばさないやり方で殺していたらどうするつもりだったのだろう。

確かに、そこまでお膳立てされていて由美が別の方法をとる可能性は限りなく低いだろうが、しかし万一彼女に別の方法をとられた場合、黒田に自分の服を着せていたり、布石を既に打ち終えている状況では正の立場はかなり危うくなる。

行動を完璧に操っているように見えるが、だいぶ危ない橋を渡っている気がする。

また顔のない死体といえば、当然入れ替わりが疑われる。しかも、正が自殺したというには不自然な状況で、他殺が疑われる怪しい死体なのである。それをスマホ指紋認証だけで死体は正のものだと決めつけてしまうのは早計な気がした。

 

 

あと普通に正どす黒すぎやん。このどす黒さに葛城はじめ家族が気づいていなかったというのも信じがたい。

外ずらは良くて性根は腹黒いキャラとして、田所の兄の椎月が引き合いに出てくるが、彼でも弟には素顔を見せていたのになあ。

 

 

黒幕系は、どうしても実感がわかなくて苦手だ。

この作品がつまらなかったというのではなく、ただ単純に好みの問題である。

 

しかし、正の計画が(黒田の)死体が洗い流されDNA鑑定をされないことを前提としているという点はおもしろかった。災害を逆に利用した犯行で、洪水の必要性を引き出しておりうまいなあと思った。

 

 

 

わたしにとっての”探偵”の存在意義

「謎を解いて、助ける」

葛城と田所は、モラトリアム期を超えて、探偵とはヒーローであるという答えを見つけた。

大学生のころ所属していた推理小説研究会での合宿で、探偵とは断罪者か、それとも救済者かという議論をしたのを思い出したなあ。

断罪者としての探偵は、それこそ正義や秩序のためだとか、犯人を見つけ出して処罰するために事件を解く。

例えば、ドラマ「相棒」の右京さん。

犯人に対して、どんな辛い境遇であっても、どんな酷いことををされたのだとしても、人を殺すことだけは許されないと厳しいお言葉を投げつけている。

 

一方で、救済者としての探偵は、事件に関わる人たちを救うために推理をする。

有栖川有栖さんの学生アリスシリーズの江神さんなんかは救済者だ。

彼は優しい。犯人を裁くためではなく、事件で苦しんでいる人たちのために事件を終わらせようとする。

(救済者としての探偵は事件解決後のアフターフォローが充実しているので、わたしは密かにアフターフォロー探偵と呼んでいる(笑))

 

*この2つの区分でいうと、葛城がたどり着いたヒーローとしての探偵とは、救済者を指すのだろう。彼もアフターフォロー探偵の仲間入りである。

 

 

人によって、探偵の存在意義は違う。

わたしにとっての探偵はどんな存在だろう。これを機に改めて考えてみた。

断罪者か救済者かといえば、これは救済者だ。

しかし、生きている人間ではなく、死者のために推理するのだと思っている。

最初に投稿した「ミステリとは」という記事にも直結するのだが、死者の声は誰にも届かない。

被害者がどのような思いで死んでいったのか、どういう人間だったのか、どうして殺されなければならなかったのか、最後に何を伝えたかったのか・・・。

探偵は事件を解き明かすことで、死者を救う。

死者の声を聞くことができるのは、霊媒師と名探偵だけだ。

これこそが探偵の存在意義だとわたしは思う。

 

だからだろうか。私は魅力的な犯人が出てくるミステリより、魅力的な被害者が出てくるミステリのほうが好きだ(笑)