⑲荊の城 サラ・ウォーターズ
▶あらすじ
スウが侍女として入ったのは、俗世間とは隔絶した辺鄙な地に立つ城館。そこに住むのは、スウが世話をする令嬢、モード。それに、彼女の伯父と使用人たち。訪ねてくる者と言えば、伯父の年老いた友人たちだけという屋敷で、同い年のスウとモードが親しくなっていくのは当然だった。たとえその背後で、冷酷な計画を進めていようとも。計画の行方は?二人を待ち受ける運命とは?
▶ネタバレ感想
少女たちの愛憎劇
初のサラ・ウォーターズ。
あらすじからは予想もしない展開が続き、ページをめくる手が止まらず。
さながら、両手をとってワルツを教えてあげていたらいつの間にかこちらが導かれ振り回されていたというような・・・。
気狂い病院へモードではなくスウが入れられたときは驚いて声が出た(笑)
何かの間違いだと暴れ続けるスウに放ったモードの冷酷な一言。
モードの無垢な仮面の下に隠されたしたたかさを知った。そして、なぜ彼女がそこまで冷酷にならざるを得なかったのかも。
二人の行く末は悲惨だが、同情はできない。
スウは気狂い病院という地獄の中でモードを血が出るほど憎んだけれど、自分こそモードをそこに入れようとしていたのではなかったか。
モードは、あの城から逃げ出したかった。そのためにスウを身代わりに病院へぶちこむ計画に乗った。冷酷に感じるが、そこまでは分かる。スウは罪のない侍女ではなく、自分を利用し騙すためにやってきた少女なのだから。
しかし、荊の城から逃げ出した先に待っていたのは、想像とは違う、未来も希望もないロンドン。スウの家に閉じ込められ、そこで自分たちが騙されたと知る。なんてひどい人たちなの、スウを助けなきゃと彼女はスウを思い憤るが、もしロンドンが理想通りの場所だったら、望んだ通りの新しい生活が手に入っていたら、罪悪感に苛まれはするものの、彼女はスウを記憶から抑圧したのではないかと思ってしまうのだ。
自分の望むものと、愛する者。片方を犠牲にしなければ手に入れられないという状況の中で、彼女たちが苦しんで間違えて傷ついて葛藤する姿が濃筆に描かれている。
3人の女性たち
このストーリーの車輪は、スウ、モード、そして母ちゃんだろう。
彼女たちは(特にモードと母ちゃん)、読み進めていくほどに印象が変わる。
スウは口が悪く、荒っぽく、激情型。
しかし哀れなほどに母ちゃん思いで、彼女自身の言葉を借りるのなら、思ったよりも良心がある。
モードは世間知らずの純粋無垢なお嬢様を上手く演じた。しかし、本当の姿は身に絡みついてくる荊を必死に振りほどこうとしている手負いの獣だ。目の前にいるのが何も知らない侍女ならば腕をつねって虐めて、利用価値のある娘ならば自由のために踏み台にする。
母ちゃんは、スウを溺愛しているのかと思えば、すべては計画のためだったと判明する。自分を慕うスウを気狂い病院へ捨てて、モードを迎え入れるシーンはショッキングだったし、だれよりも悪魔に見えた。
しかし、モードが彼女の娘だと分かってから読むと、モードを前にして彼女がどんな気持ちだったか少し分かる。そして、刑務所へ会いに来るスウの後ろに、実の娘の姿を探す彼女の気持ちも。
自己中心的で保身的。汚い部分も醜い部分もすべてをさらけ出して傷つけあった先で、スウとモードが一緒になれて良かった。
嫌う理由は50もあるけど、それでも愛しているというスウの言葉がとても印象的でした。