⑨時空旅行者の砂時計 方丈貴恵
*ネタバレです。
タイムトラベル×ミステリの特殊設定でありながら、呪われた一族、孤立した館、密室、見立殺人とミステリ好きにはたまらないガジェットがふんだんに盛り込まれている。
こういうベタな設定大好き!!
変化球もいいけれど、これぞミステリの系譜というべきベタベタな設定が本当に愛おしいし、それを書いている作者にも親しみを感じる。
さらに読者への挑戦付きだったので、久々にメモをとりながら本気で挑戦!
その結果は・・・
一つ目の事件と密室の謎は完全に解けた!!
いやあ、中々健闘したのではないでしょうか。探偵にはなれなかったがワトソン君としては有能なほうではなかろうか。
事件を一つずつ振り返りましょう👇
●一つ目の事件(究一、光奇殺し)
ワトソンとしては有能などと自称しておいて言うのも何だが、正直一つ目の事件はかなりイージーだと思う。
背丈の似た二人の人間のバラバラ死体、膝や肘下で切られた不自然な手足、意図的にかけられたシャンプー、何着も用意された同じデザインの洋服などなど。
死体の入れ替わりを指すキーがあちこちに散らばっている。
この事件のからくりが解けると、犯人は月恵、雨宮、幻二の三人まで絞られるが、この時点で最も怪しいのは雨宮だろう。
というのも、犯人と屋外で待ち合わせしていた究一が夕食後すぐ(7時頃)屋敷を出ていることから、常識的に考えて、犯人と究一の待ち合わせ時間は7時半くらいまでの間と考えるのが普通だろう。
その場合、究一の約一時間も後に外出している幻二は犯人とは考えにくい。
次に、月恵が犯人と仮定する場合。彼女は究一が外出した直後に屋敷を出ているので、時間的には最も怪しい。しかし、逆に早すぎるのだ。娯楽室に人が集まる前に外へ出たため、外出時の彼女の姿は誰にも目撃されていない。
ところで犯人は、娯楽室にいた人たちに「帰宅時、彼(彼女)は手ぶらだった」ということを証言してもらう必要があった。
大事なのは帰宅時であって、外出時に手ぶらであったか否かは問題ではないのだが、推理がどう転ぶか分からない以上、犯人の心理的にはやはり外出時も手ぶらだったとアピールしておきたいものだろう。
さらに、そもそも娯楽室に人が集まらなければ証人をたてることができない。犯人は娯楽室に確実に人が集まってから、さらに彼らが数時間はその場にいるということを確認してから外出するのが普通だろう。(犯人はあらかじめカシオペイアから娯楽室に人が集まることは聞いていたので、実際に集まったかを確認する必要はない。しかしこの時点では読者にはその情報はないので、その点は考慮しないでおく)
これらの理由により、月恵が犯人だとすると、行動が早すぎる気がするのだ。
もちろん、それだけで幻二と月恵が犯人ではないと断定はできないのだが、「7時20分」に娯楽室の人たちに手ぶらで外出したと「証言されている」雨宮が最も怪しい。
●二つ目の事件(太賀殺し)
密室の謎については何とか解くことができ、その結果犯人が雨宮だということは確定した。しかし、夕食後の太賀の行動と、密室を作った理由がどうしても分からず。
まず夕食後の太賀の行動だが、雨宮に唆されてリフトに潜んでいたというのは、最初はいやいやそんなん分かるわけないやんと思ったが、改めて考えると確かにそれ以外の方法はないように感じる。
①密室は夕食前に作られていたこと②加茂より先に二階にあがれたのは太賀だけだということ③加茂が二階に上がった時点で絵の裏に車いすが片付けられていたこと④リフトが深夜に動いたこと等から、確かに太賀は自らの意思でリフトに隠れたと考えざるを得ない。太賀は雨宮の共犯でない以上、雨宮に唆されて隠れていたというのも一番しっくりくるシチュエーションだ。
しかし、だ。密室を作った理由は納得がいかない。
二つ目の事件が上記のからくりであれば、密室を作る必要性はどこにもないのだ。雨宮は、太賀が部屋の中で過去にトラベルさせられて消滅したというダミーの推理のために密室にしたというが、いやいやそれこそ読者に分かるわけがない。
密室はブラフのために作られただけであり、密室を作らなければならない積極的な必要性はなかったというのは、フェアじゃないように感じる。
しかも、この密室のトリックは、解かれてしまうと犯人が雨宮に限られてしまうため、彼にとってもかなりリスキーな行動だったはずだ。
●三つ目の事件(月彦、漱次郎殺し)
こちらは完全に私の敗北だった。
トレーラーが動いていたことや加茂たちの体感時間が狂っていたことからタイムトラベルが行われたのは気づいたのだが、タイムトラベルのルールのうちどの部分を活用するのかが分からなかった。
いやそもそも、
①旅行者が同伴しなくても他の人間をタイムトラベルさせることが出来ること
②未来にトラベルした場合、トラベルした者は到着時間までの間存在が消えること
のルールを理解できていなかった(笑)
しかし、これらはちゃんと明記されていたのだから、余計悔しい。
●総括
この事件、冷静に考えると、殺人者の目的が龍神一族を滅ぼすことなのであれば、犯人は部外者の雨宮が圧倒的に怪しい(笑)
(実際、雨宮は龍神の血を引いていたわけだが)
またこの作品は特徴があって、探偵とワトソンがいないのだ。言い方を変えると、読者を導いてくれる者がいない。
最終的に事件を解いたのは加茂だが、事件現場の確認やアリバイの聞き取りはするものの彼の思考はほとんど描写されておらず、途中で本当にこの人は事件を解く気はあるのかと思ったほどだ。
しかし、逆に言えば、導く者がいない分、手掛かりが分かりやすく配置されており、後はどう組み立てていくかに集中すればよい。
読者への挑戦状もちょうどよい難度で楽しめた。挑戦状の中には、全く歯が立たないものや、手掛かりが少なすぎるもの、はたまた叙述トリックが織り込まれている反則ものなど様々あるが、この作品は悩めば悩むだけ真相に近づける良い挑戦状である。タイムトラベルという特殊設定はあるが、きちんとルールが設けられており、特殊能力は最後の事件にしか使われていないというのも好ましい。
また、ここで推理のコツも学んだ。謎解きはホワイダニットから攻めるとうまくいくということ。誰が?どうやって?ではなく、なぜ犯人はそんなことをしたのか?というところから考えると犯人を絞りやすい。不自然だと感じる行動は、必ず犯人に直結している大きなカギなのだ。
このコツは次作の「孤島の来訪者」で早速活かしたいところ。