㊼シャーロック・ホームズの冒険 アーサー・コナン・ドイル
▶あらすじ
ホームズ物語は、月刊誌「ストランド」に短編が掲載されはじめてから爆発的な人気を得た。ホームズが唯一意識した女性アイリーン・アドラーの登場する「ボヘミアの醜聞」をはじめ、赤毛の男に便宜を図る不思議な団体「赤毛組合」の話、アヘン窟から話が始まる「唇のねじれた男」、ダイイングメッセージもの「まだらの紐」など、最初の短編12編を収録、第1短編集。
(個人的な)点数 8/10
名探偵の代名詞でもあるホームズを、これまでちゃんと読んだことがありませんでした。
中学生の頃、バスカヴィル家の犬を読みたくて、家にあった新潮版を手に取ったのですが、文字の小ささと文章の固さで読み切ることができず。それ以来、ホームズを通ることなくここまで来てしまいました。
そんな私も、この新訳のおかげでようやくホームズデビュー。
本作は、シリーズ最初の短編集で、赤毛組合や、まだらの紐など、誰しも一度は聞いたことのある有名な作品が収録されています。アイリーン・アドラーってこんな女性だったんだ、ぶな屋敷ってこんな話だったんだと、憧れていた有名人にようやく会えたような感じで、感慨深かったです(笑)
ホームズは思っていたよりも、人間味がありました。他人に興味のない冷酷無慈悲な推理マシンのような人物かと思っていましたが、コミュ力も高いし、卑劣な犯行に対し憤る場面も。
ワトソン君は優秀でした。日本のワトソン君たちは、探偵の一歩後ろにいる印象なんですが、本家ワトソン君はホームズと対等で、まさに相棒という感じなんですね。
さて、内容です。
現在人気を博している本格ミステリにように、ガチガチのロジックや、どんでん返しはありません。中には、「ホームズ全然推理してないやん」という話も(笑)依頼者を一目見ただけで、職業や家族構成などを当ててしまう有名なシーンも、いざ読んでみると、推測を断言しているだけで、推理とは言い難いです。
しかし、そんなことを思いながらも、ページをめくる手は止まらない。読者を惹きつける魅力的な謎から、あっと驚く意外な真相、ハラハラドキドキさせてくれるスリルのあるストーリー。すべてが完璧で、老若男女に愛されているわけが分かります。
全12作のなかで私が特に好きだったのはまだらの紐です。あの有名な凶器の正体はもちろん、怪奇的な雰囲気から、青髭を彷彿とさせるストーリーまで、楽しめました。そのほかには、似たテイストの技師の親指や、ぶな屋敷も好みでした。
評判通り、非常に読みやすい新訳版。私のように、新潮版でくじけた方にはぜひ手にとっていただきたいです。表紙も高級感があってお気に入り◎
㊻凶宅 三津田信三
▶あらすじ
山の中腹に建つ家に引っ越してきた、小学4年生の日比乃翔太。周りの家がどれも未完成でうち棄てられていることに厭な感覚を抱くと、暮らし始めて数日後、幼い妹が妙なことを口にする。この山に棲んでいるモノが、部屋に来たというのだ。それ以降、翔太は家の中で真っ黒な影を目撃するようになる。怪異から逃れるため、過去になにが起きたかを調べ始めた翔太は、前の住人の遺した忌まわしい日記を見つけ―。最凶の家ホラー。
(個人的な)点数 6/10
本作は、ホラーにしては珍しく、小学4年生の少年が主人公です。
そのわりには、容赦のない展開で、最後までヒリヒリしながら楽しむことができました。
曰く付きの家に越してきた小学生の翔太は、新居を一目見た時から、強い危機感を抱きます。越してきて間もないうちに、誰もいないはずのベランダに黒い人影が。
田舎が舞台の家系ホラーで、怪異だけでなく、よそよそしい村人たちや、言い伝えなど、おどろおどろしい雰囲気が出ています。
翔太は、家族を守るため、怪異の調査に乗り出します。前の住人の残した日記などから、怪異の全貌が徐々に明らかになっていき、ミステリとしても楽しめます。
夜になると妹の元を訪れる謎の人物(?)の正体についても、ギミックが効いていておもしろかったです。
また、翔太は近所に住む少年と仲良くなるのですが、彼らの友情がまたアツいのです。
2人は怪異を食い止めるため奔走しますが、怪異は容赦なく進行していき、何度も身の危険に晒されてしまいます。
本作は、相手が小学生だからといって手加減してくれるようなホラーではありません。どうか2人に最悪な結末が訪れないようにと祈りながら読んでしまいます。
田舎でのひと夏の冒険(?)という点では、スタンドバイミーを彷彿とさせるエモさがありました。
㊺トマト・ゲーム 皆川博子
▶あらすじ
壁に向かってオートバイで全力疾走をする度胸試しのレース、トマト・ゲーム。22年ぶりに再会した男女は若者を唆してゲームに駆り立て、残酷な賭けを始める。背後には封印された過去の悲劇が・・・第70回直木賞候補作の表題作をはじめ、少年院帰りの弟の部屋を盗聴したことが姉を驚愕の犯罪に巻き込む「獣舎のスキャネット」等、ヒリヒリするような青春の愛と狂気が交錯する全8篇を収録。恐怖と奇想に彩られた犯罪小説短編集。
(個人的な)点数 8/10
昨年は耽美派ミステリにドはまりし、皆川さんの作品も色々読みました。
「薔薇忌」「クロコダイル路地」「死の泉」「双頭のバビロン」「開かせていただき光栄です」-どの作品も、退廃的で狂気的で残酷で、儚く脆い美しさがありました。
しかし、本作は全く違います。語弊を恐れず言えば、腐りきった世界。狂気に蝕まれ、壊れてしまった人間たちの物語。そこに美しさは一切ありません。
どの話も一度読んだら忘れられないインパクトがありますが、最も衝撃的だったのは「密の犬」でしょうか。好きになった少女の言いなりになり、人生を狂わせていく青年と、その青年を毎朝窓から眺める少年。そのショッキングな結末は、R指定が必要なほど。
他にも、表題作「トマト・ゲーム」は、先の読めない展開ながらも、始終不穏な空気が立ち込め、読者の心を離しません。
家庭教師に恋をしてしまった少女の屈折したひと夏を描く「アルカディアの夏」は、かろうじて青春小説と呼べるでしょうか。しかし、大人たちの身勝手な世界から逃げるため、壊れていく少女の姿は読んでいて痛々しいです。
本作におさめられているのは毒のきいた強烈な話ばかり。耽美派の女王の裏の顔を見てしまったかのような感覚でした。
㊹七人の証人 西村京太郎
▶あらすじ
十津川警部は帰宅途中を襲われ、不覚にも誘拐された。彼が気づいたときには、彼は奇怪な無人島にいた。しかもそこには、ある町の一部分がそっくり再現されていたのだ。次々建物から現れる人間は、皆或る事件の目撃者、そしてやがて展開される狂気のシーン。犯人の狙いは何なのか。意欲充満の会心サスペンス長編。
(個人的な)点数 8/10
西村京太郎=トラベルミステリーだと思って敬遠している方は、ぜひ本作を読んでいただきたい!
実は、電車や時刻表が出てこないミステリも書いているんです。
雪山で起こるクローズドサークル殺人を書いた本格ミステリ「殺しの双曲線」は有名ですが、私は本作のほうがおもしろかった!
プロットは、昭和58年に書かれたとは思えないほど尖りに尖っています。
ある殺人事件の犯人として、無実を訴えながら獄死した青年の父親が、七人の目撃者たちを無人島に拉致してきます。島には事件現場となった町の一角が再現されており、そこでそれぞれの証言を再検証していくことに。
いくら父親が金持ち設定だとしても、島上に街並みを再現させるなんて、正直ぶっ飛び過ぎていて現実味はありません。(もはやSFミステリの域)
しかし、完璧と思われた目撃者たちの証言が、小さな小さな矛盾点を突かれ、崩されていく過程がほんとうに見事。読み進めていくごとに事件の様相が、くるくると様変わりしていきます。
また、再検証中に目撃者の一人が何者かに襲われ、リアルタイムでも殺人事件が発生します。
過去の殺人と現在の殺人はどのように繋がっているのか?
堅実な推理が光る傑作ミステリ。もっと知名度が上がってほしい作品です。
㊸予言の島 澤村伊智
▶あらすじ
瀬戸内海の霧久井島は、かつて一世を風靡した霊能者・宇津木幽子が最後の予言を残した場所。二十年後<霊魂六つが冥府へ落つる>」という。天宮淳は幼馴染たちと興味本位で島を訪れるが、旅館は「ヒキタの怨霊が下りてくる」という意味不明な理由でキャンセルされていた。そして翌朝、滞在客の一人が遺体で見つかる。しかしこれは悲劇の序章に過ぎなった・・・。全ての謎が解けた時、あなたは必ず絶叫する。傑作ホラーミステリ!
(個人的な)点数 6/10
帯に書かれた初読はミステリ、二度目はホラーという言葉に惹かれて購入。
初読はホラー、二度目はミステリは読んだことがありますが、その逆ははじめて。わくわくしながら読み始めましたが、二度目はホラーのホラーは、あくまで広義のホラーであり、思っていた感じとは違いました。
しかし、誇張気味のキャッチコピーを除けば、ホラーミステリとして十分楽しめました。怪異の真相は見事でしたし、ヒキタの怨霊が生まれた理由も、読者に対する皮肉が効いていて中々おもしろかったです。
澤村ホラーは、京極夏彦の京極堂シリーズや、三津田信三の刀城言耶シリーズと同じ民俗学ホラーに位置しますが、それだけではなく、怪異を通して社会問題を取り上げるところに特徴があります。
本作のテーマは「言葉の呪い」。登場人物たちは、それぞれの呪いに囚われています。親の言葉や、上司の言葉、予言者の言葉・・・歪んだ言葉の呪いは、殺人事件をも引き起こしてしまうのです。
㊷魔界転生 山田風太郎
▶あらすじ
島原の乱に敗れ、幕府への復讐を誓う天草川の軍師、森宗意軒は死者再生の秘術「魔界転生」を編み出した。それは、人生に強い不満を抱く比類なき生命力の持ち主を、魂だけ魔物として現世に再誕させる超忍法だった。次々と魔界から甦る最強の武芸者軍団。魔人たちを配下に得た森宗意軒は紀伊大納言頼宣をも引き込み、ついに柳生十兵衛へと魔の手を伸ばす・・・。群を抜く着想と圧倒的スケールで繰り広げられる忍法帖の最高傑作!
(個人的な)点数 8/10
天草四郎、荒木又右衛門、宮本武蔵・・・歴史に名を轟かせた7人の男たちが蘇る!
十兵衛3部作の2作目にあたる本作。前作では、終始余裕のみられた十兵衛も、今回はかなり苦戦します。何しろ、父である柳生但馬守が敵になってしまうのだから・・・
1作目の「柳生忍法帖」での十兵衛の立ち位置は、家族を殺された女たちの復讐の手助けするいわばオブザーバー的なものでしたが、今回は彼自身が物語の中心。前作では触れられなかった彼の内面的な部分-父に対する苦悩と葛藤がクローズアップされています。
★本作の魅力★
①一瞬の対決シーン
バトル漫画だと、バトルシーンに尺を使いますよね。
しかし、本作の対決シーンは一瞬なんです。山田風太郎のすごいところは、一瞬の死闘を描くところ。その数秒に、血も汗も殺気もすべてが詰まっている。
また数行にも関わらず臨場感があるのは、カメラがあちこちに配置されているかのような、あらゆる角度からの描写ゆえ。
特に本作では、ラスボス・宮本武蔵との対決シーンが素晴らしかったです。午後4時、伊勢に浮かぶ島で向かい合う2人。燃える夕陽、西日を反射する海、白い砂浜に落ちる2人の影。
意識せずともそのシーンが頭に浮かび、知らず知らずのうちに息を止め読んでいる。作者の筆力に圧倒されます。
②脇役の使い方
1作目の柳生忍法帖では、女たちを守るため、恐ろしい敵相手に思わぬ奮闘をみせた坊様たちの姿に涙した読者も多いはず。
今回、脇役として物語をさらにアツくさせてくれたのは柳生十人衆。十兵衛のことを師と仰ぎ、自ら柳生十人衆と名乗る、どこかのんきで憎めない男たち。時にはムードメーカーとして場を和ませ、時には突拍子もない方法で十兵衛のピンチを救う。愛すべき彼らのそれぞれの死に様に、またも胸が熱くなります。
③印象的なラスト
これは本作だけでなく、風太郎作品の多くに言えること。少なくともこれまで読んできた「明治断頭台」「幻燈辻馬車」「甲賀忍法帖」「柳生忍法帖」では、ラストシーンが真っ先に浮かぶくらい、強烈な印象を残しています。
爽やかで清々しいのに、胸のどこかで木枯らしが吹く。強いて例をあげるなら、卒業式でのあの感情でしょうか。新しいステージへと進む新たな期待、その一方で、二度と手に入らないものを失ってしまったかのような、喪失感。
風太郎作品は、基本的に勧善懲悪で、全体的に陽な雰囲気が流れていますが、物語の幕引きはいつもどこか切ないのです。
㊶などらきの首 澤村伊智
▶あらすじ
「などらきさんに首取られんぞ」祖父母の住む地域に伝わるなどらきという化け物。刎ね落とされたその首は洞窟の底に封印され、胴体は首を求めて未だに彷徨っているという。しかし不可能な状態で、首は忽然と消えた。僕は高校の同級生の野崎とともに首消失の謎に挑むが・・・。野崎はじめての事件を描いた表題作に加え、真琴と野崎の出会いや琴子の学生時代などファン必見のエピソード満載、比嘉姉妹シリーズ初の短編集!
個人的な点数 7/10
「ぼぎわんが、来る」「ずうのめ人形」に続く比嘉姉妹シリーズ3作目ですが、シリーズを読んでいない人でも楽しめるホラー短編集だと思います。
どの話も、最後の最後まで油断できません。穏やかな結末に続く道のすぐ脇に、深い沼が広がっているような感じ。いつ道をそれるか分からない危うさがあり、読み終わるまで気をぬけないのです。
澤村さんには珍しく「いい話やん」で終わる話もあれば、突然爆弾が落とされる話も。
私は民俗学系ホラーが大好きなので、表題作が一番おもしろかったです。祀られていたなどらき様の首が突然消えた―ホラーなのか?ミステリなのか?どちらで着地するのか最後までハラハラできます。