ミステリ亭 tama

当亭では、主にミステリ小説を蒐集しています。電話線が切断され、橋も落とされたようですので、お越しいただいた方はご自身で身をお守りください。

㉜黒死荘の殺人 カーター・ディクスン

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▶あらすじ

曰く付きの屋敷で夜を明かすことにした私が蠟燭の灯りで古の手紙を読み不気味な雰囲気に浸っていた時、突如鳴り響いた鐘―それが事件の幕開けだった。鎖された石室で惨たらしく命を散らした謎多き男。誰が如何にして手を下したのか。幽明の境を往還する事件に秩序をもたらすは陸軍省のマイクロフト、ヘンリ・メリヴェール卿。ディクスン名義屈指の傑作、創元推理文庫に登場。

 

 

 

 

▶ネタバレ感想

久々に古典ミステリを読んだ。恥ずかしい話、海外ミステリ(特に古典)は読んだのに内容を忘れてしまっているということが多い。カーも然り。「火刑法廷」「皇帝のかぎ煙草入れ」「ユダの窓」「三つの棺」は既に読んでいるのだがどうしても内容が思い出せない・・・しかし四作とも、おもしろかったという記憶はある。

本作は、ヘンリ・メリヴェール卿の初登場作品。降霊会やら曰く付きの館やらと怪奇趣味が前面に出てており、怪しい雰囲気を味わえる。

密室殺人が事件の中心に位置するのだが、ハウダニットがメインというわけではない。密室の謎は、読者が知恵を絞って解けるようなものではなく、正直お手上げだ。そもそも、密室を扱っていながら屋敷や事件現場の見取り図が一切ないことからも、カー自身、密室自体に重きに置いていたのではないように感じる。しかし、解けるか解けないかは別として、密室を作る理由が被害者側にあったという点では、珍しい密室だった。

 本作はハウダニットよりもフーダニットがおもしろい。容疑者の中で完全に盲点となっていた人物が犯人だったのは意外だったし、その人物の正体にも驚いた。また、うまいなと思ったのはテッド殺しだ。犯人は銃を持っているところをテッドに目撃されたにも関わらず、彼に警戒されず誘い出すことが出来たのはなぜだろうと思ったが、その時点では警察を含め誰もがダーワーズは刺殺されたと判断していたので、テッドにしてみれば不審には思いつつも銃を持ってる=犯人だということにはならなかったのだ。

 

気になった点

ジョセフが犯人というのは完全に出し抜かれたが、しかしジョセフ=ダーワーズ夫人というのは少し無茶な気がする。私(ケン)から見たジョセフの描写は、以下のとおりである。

「大人になりきっていない顔だ。造作が小さく、平べったい鼻から大きく締まりのない口元にかけて、くすんだ色の皮膚にそばかすが浮いている。淡い色合いの赤毛は短く切られ、頬にべったり張り付いていた。年は十九か二十なのだろうが、見たところはせいぜい十三だ。」

この青年の正体が、まさか30を超えた婀娜っぽい女性だったというのはさすがに厳しい気がする・・・。長髪で顔を隠しているならまだしも、短髪だもんな。例えそれがダーワーズ夫人とまでは分からなくても、性別や年齢には違和感を感じそうなものだが・・・。

また、彼女の一連の行動だが、ダーワーズを殺害した後に、麻薬付けのフリをするためモルヒネをうっていたが、朦朧とする意識の中でついうっかり口を滑らせてしまうかもという危惧はなかったのだろうか。ほかにも、犯行時刻に自分を目撃したテッドを口封じのため殺したが、共犯のマクドネルは殺さなかったのはなぜだろうか。

そのマクドネルだが、彼の最期は哀れだった。自殺するのではなく、夫人を逃がすために仲間に銃を向けるとは。腹心に裏切られ、また最悪の形で失ってしまったマスターズ警部の心境を考えると切ないな。

 

 

㉛柳生忍法帖 山田風太郎

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▶あらすじ

会津大名、加藤明成は淫虐の魔王ともいうべき暗君だった。諫言の末、主家を見限った堀主水は妖異凄絶の武術を持つ会津七本槍を差し向けられ、一族郎党を惨殺されてしまう。唯一生き残ったのは、かよわき7人の女。父や夫の仇討ちを誓う女たちは、剣豪・柳生十兵衛の助けを借り、命懸けの特訓を始める。奔放無類な十兵衛も陰ながら援護し、悪鬼のごとき形を討ち果たすべく凄絶な闘いを挑む!十兵衛三部作の記念すべき第一作。

 

 

時は寛永。歴史上の人物たちオールキャストで贈る女性の復讐劇!(*以下ネタバレなし)

本作は、大胆不敵な剣術の達人・柳生十兵衛が活躍する柳生三部作の記念すべき一作目だ。といっても、本作の主役は十兵衛ではなく、七人の美しい女性たち。暴君・加藤明成により、父や夫を虐殺された彼女たちの復讐劇であり、弱い者が強い者を討つという下剋上的なバトル小説となっている。

 

復讐に燃える女性たちを指導することになったのは、隻眼の剣豪・柳生十兵衛。彼が教えるのは武術そのものではなく、軍学だ。妖術を操る敵衆には、たとえ彼女たちが百年鍛錬しようと太刀打ちできない。そこで、いかにして敵を出し抜きその懐に刃を届かせるか、彼女たちの闘いにおいては戦略が要となる。「甲賀忍法帖」が忍術VS忍術の直接的なバトルだったのに対して、今回は意表をつくような戦略の数々を楽しめる。

 

そんな彼女たちを迎え撃つのは、明成をはじめ、妖術の使い手・七本槍、そして明成の背後で糸を引く黒幕・芦名銅伯だ。彼らの悪行は酸鼻・淫乱を極め、読んでいて胃がむかむかするほど。「甲賀忍法帖」よりははるかにグロイ。しかし、残虐であればあるほど、彼らが打ち負かされたときスカッとするものだ。

 

実在の登場人物たち

また、山田風太郎作品の魅力といえば、史実とフィクションの融合による独特の世界観だろう。本作でも登場人物のほとんどが実在した歴史上の人物だ。柳生十兵衛はじめ、十兵衛の父で剣豪・柳生宗矩会津の第二藩主・加藤明成会津騒動で有名な明成の家老・堀主水、黒衣の宰相・南光坊天海臨済宗の名僧・沢庵和尚徳川秀忠の娘であり悲劇のヒロイン・天樹院こと千姫などなど。

日本史が好きな人であれば、より深く楽しめるだろうし、日本史に詳しくなくてもその強烈なキャラクターたちの元の姿に興味が湧くだろう。

どの人物も魅力的なのだが、中でもやはり十兵衛は断トツでかっこいい。自由奔放な風来坊でありながら、剣の腕は一級で、その性格は一本芯が通っており男らしい。それでいて女性には優しいものだから、彼の七人の教え子たちが惚れてしまうのも無理はない。彼をめぐる女性たちの恋の争いや、思わぬ女難におろおろする十兵衛の姿もまた見どころである。

 

 

 

 

▶ネタバレ感想

非常におもしろかった!上巻に至っては一日で読んでしまったほど。

序盤のお鳥VS平賀孫兵衛の闘いは、まんじ飛びや竹の橋での修業が伏線回収された見事なコンボ技で鳥肌もの。また、捕らわれたお鳥とお品を救うため、鷲ノ巣廉助に立ち向かった多聞坊と雲林坊の死に様はあまりにもかっこよすぎる。

七本槍に対し、1対1もしくはチームで挑んでいく彼女たちの闘いはどれもおもしろく熱くなるが、強いて言うなら、危機一髪の状況を明成を人質にして切り抜けるという展開が少し多かったかもしれない。七本槍衆もぼやいていたけど、明成がお荷物すぎるので、どこか遠くで身を隠していてもらったほうが良かった(笑)

 

また、ほかにも気になった点はいくつか。十兵衛がフェミニストなのは分かっていたことだが、おゆらに対してまで情けをかけていたのは納得いかず。作者がおゆらの存在を気に入ってしまったのだろうか・・・後半はおゆらがほとんど主役と言ってもよく、堀の七人は存在が薄くなってしまっていた。しかも、十兵衛は七本槍衆には手をだしてはいけないというルールがあったにも関わらず、やむを得ない状況とはいえ十兵衛が銀四郎を討ってしまったのは驚いた。上巻と下巻で物語の主軸が変わってしまっているように感じた。

しかし、それはそれで結局下巻も十分おもしろいのだ。つらつら言っているが、不満ではなく贅沢を言っているようなもの。忍法帖シリーズに限らず風太郎作品にはひれ伏すばかり。続編「魔界転生」が楽しみでならない。

 

 

 

 

㉚あの日の交換日記 辻堂ゆめ

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▶あらすじ

先生、聞いて。私は人殺しになります。お願いだから、邪魔しないでね?(教師と児童)私は彼女に合わせる顔がありません。毎日不安でいっぱいです。(上司と部下)交換日記を始めるにあたって、一つだけ、お願いごとがあります。このノートの中でだけ、今まで話してこなかったようなことを振り返ってみる。それって、なんだか素敵じゃないですか?(夫と妻)―さまざまな立場のふたりが繋ぐ七篇の日記が謎を呼び、そしてある真相へ繋がっていく―。 

 

 

 

 

▶ネタバレ感想

面と向かっては言えないことも、一人で抱え込んだ悩みも、交換日記を通してなら伝えられる。

「先生」が考えた生徒との交換日記は、ある時は支えとなり、ある時は架け橋となり、ある時は真実を解き明かす鍵となる。

 

それぞれの短編ではささやかながらもあっと驚く仕掛けが楽しめる。冒頭に掲げられた「交換日記のお約束」がミステリ上のルールとして機能しているのがおもしろい。

また、本作はそれだけではない。この物語の中心となる「先生」の正体について、全編を通して叙述トリックが仕掛けられている。

叙述トリックについていえば、実はある一つの矛盾に気づくことが出来れば解ける仕組みになっている。

「井上先生」と「小百合先生」が同一人物だと仮定して、各短編を時系列に並べてみよう。

 

①「姉と妹」5年生担当

※さくらの回想で去年さくらがお世話になった井上先生は、今は六年生の担当をしているとあるため②より前である。

②「教師と児童」6年生担当

③「母と息子」2年生担当

※この年の5月に「井上先生」の身に何事かが起き学校を休んでいる。

④「加害者と被害者」

私が二か月前まで担当していたのも、二年生のクラスでしたとあることから③と同じ年のことである。

▲なお、「入院患者と見舞客」は①より前か、②と③の間にはいるはずだが、どちらであるか確定要素はない。

 

こうして並べてみると一見齟齬はないように思えるのだが、たびたび登場する「マチコの森」というケーキ屋さんがトリックを破るキーとなる。④において「小百合先生」がマチコの森は3か月前にオープンしたばかりだと述べている。しかし④の2年前であるはずの①において「マチコの森」は既に町の人気ケーキ屋さんとして存在しているのだ。このことから、少なくとも①と④の先生は別人であることが分かる。次に名前に注目すると、①に登場する先生は「井上先生」と呼ばれており、④に登場する先生は「小百合」という名前を持つ。①と④の人物は別人であることから、「井上先生」と「小百合先生」という2人の女性が存在することになる。そうすれば、同じく「井上先生」と呼ばれる先生が登場する②、③も、④とは別の時間軸であることが分かる。さらに、④において小百合先生は、過去に白血病の女の子と交換日記をしていたと述べていることから「入院患者と見舞客」の名無しの先生は小百合先生となる。

 

一つの矛盾で解体できてしまうという点では単純なのかもしれないが、私は小細工の多いトリックよりもこういう大胆さのあるトリックのほうが好きだ。また、そもそもこの作品はトリックがメインではなく、トリックの発動によって生まれる様々なドラマが主役だと思う。間接的に明かされる「小百合先生」の死の真相に胸が痛くなったり、「井上先生」と「小百合先生」の関係性に心が温かくなったり、「井上先生」の夫の名前に驚かされたりと、次々と感動が訪れる最終章は見事だった。

 

㉙細い赤い糸 飛鳥高

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▶あらすじ

次々と不可解な連続殺人事件が起こり、被害者のいずれも、鈍器で殴殺されたと推定される。第一犯行現場の唯一の遺留品は「細い赤い糸」。被害者の頭部に付着していた。被害者同士、何の面識もなく犯行動機がつかめない。ただ、手口の類似が同一犯人の犯行を裏付ける。「細い赤い糸」に秘められた殺人の謎を追う本格推理長編。日本推理作家協会賞受賞。

 

 

▶ネタバレ感想

他者への無関心が産んだ悲劇

年齢も性別もバラバラな4人の被害者たちは、彼ら自身理由も分からぬまま突然何者かに殺害される。どうして彼らは殺さなれなければなからなかったのか?

本作のテーマは他者への無関心だ。

他者へ最も無関心になるのは、どんな時だろうか?それはおそらく、自分が大きな問題に直面している時ではないだろうか。例えば道端でいかにも気分が悪そうにしゃがみこんでいる人がいたとする。通りかかったのが散歩中であれば、普通の人ならば声をかけたり救急車を呼んだりするだろう。しかし、商談に遅刻しそうで急いでいる途中であれば?仕事をクビになり人生に絶望しているときであれば?同じように、他者に関心を払えるだろうか?

本作でも、4人の被害者たちは、彼らの人生において大きな問題に直面しているところだった。1人目の会社員は汚職事件で逮捕の手が自分にのびそうになっていたし、2人目の若者は金を持ち逃げした強盗仲間を追っていた。3人目のOLは自分の恋人にきた縁談をぶち壊そうと躍起になっており、4人目の医者は次期院長の座を年下の医者に奪われそうになり悩んでいた。

自分の悩みでいっぱいいっぱいの時に、自分が犯した小さな間違いが、1人の女の子を死へ向かわせたなどとつゆほども気づかなかったのだろう。

解説において、同じようなテーマとしてウールリッチの黒衣の花嫁が挙げられている。しかし、「黒衣の花嫁」が5人で1つの行為が引き金だったのに対して、今回は4人の行為が不幸にも連鎖してしまったゆえに起こった悲劇という点で、よりやりきれなさを感じる。

 

ところで、この本のすごいところとして最後の最後まで犯人の影が微塵も感じられないという点がある。誰が犯人が分からない、というのではなく、犯人の気配が全くしないのだ。これはもしかすると、被害者たちの主観で語られる物語を読み進めているうちに、私自身も彼らの問題事以外のことが見えなくなっていたからなのかもしれない。

ミッシングリンクが見つかったとき、はじめて周到に張り巡らされていた伏線に気づく。あれほど見えてこなかった犯人の影が、陽炎のように現れ、ああ、やられたと久々に声を出して唸ってしまった。

 

 

*他者への無関心というテーマを扱った作品として2006年に公開された「明日、君がいない」というオーストラリアの映画があるのですが、これがまた傑作です。構成が非常に巧みで、これ以上に考えさせられる作品はみたことがないです。ただ、内容は重く鬱展開なので、調子のいい時にみるのがおすすめです。

 

 

㉘山田風太郎ミステリー傑作選1 <本格篇> 眼中の悪魔 山田風太郎

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▶収録作品

眼中の悪魔 虚像淫楽 厨子家の悪霊 笛を吹く犯罪 死者の呼び声 墓堀人

恋罪 黄色い下宿人 司祭館の殺人 誰にも出来る殺人

 

 

 

 

▶ネタバレ感想

粒揃いの短編集

短編中編をあわせて全10話収録されており、600ページ越えと結構な重量である。どの話も、山田風太郎らしい男女のどろどろした愛憎劇がメインなのだが、それぞれ一捻り技巧が凝らされているのでくどくない。

例えば、自殺しようとしている男の遺書から話が始まり、1人の女性を取り合う2人の男たちの日記が続く【笛を吹く犯罪】。これなんかはずいぶん人を食った作品だが、その思わぬ着地ににんまりしてしまう。

厨子家の悪霊】は、横溝正史的な禍々しい雰囲気を堪能できるほか、純粋にミステリとしてもおもしろい。雪面に残された足跡の深さと体重の計算から犯人を導き出す轟木警部補の推理はロジカルだ。終盤ではどんでん返しがこれでもかこれでもかと続く。それでいてうんざりしないのは、伊集院、弘吉、荘四郎、の3人の計画が際どいながらもかち合うことなく見事に交錯しているからだろう。厨子家の聖霊とされる芳絵を手に入れるため、最も汚い手を使った伊集院に訪れる破滅は、木枯らしが通ったかのような薄ら寒い後味を引く。

一方で、山田風太郎らしい既存の人物が登場する遊び心のある作品も。【黄色い下宿人】ではホームズ夏目漱石が共演するし、【司祭館の殺人】ではアルセーヌルパンカメオ出演する。

 

「誰にも出来る殺人」の後味の悪さの正体

本書で唯一の中編である「誰にも出来る殺人」。

舞台は「人間荘」というアパート。12号室に越してきた「私」が押し入れから見つけたのは、「新しき住人へ、ようこそ」と書かれたノートだった。そこに綴られていたのは、過去の間借り人たちが引き起こした様々な事件。話のオチというか、最後の展開は割と早い段階で想像がつくだろう。しかし、メインはそこではない気がする。

すべての手記を読み終えた読者は、どの事件に対しても居心地の悪さ後味の悪さを感じるのではないだろうか。

1人目の住人は、好意を寄せていた女性の元恋人と思われる男を事故死に見せかけ殺すが、すべては彼の勘違いだった。2人目から5人目は、そこに至るまでに悪意があったにしろなかったにしろ、最後に自身の意図していない殺人を引き起こしてしまう。6人目の住人は、別の住人に過去の犯罪について脅迫されてると勘違いし殺人を犯す。

こうして振り返ってみると、被害者たちは誰一人殺される理由はなかったのだ。1人目と6人目の住人が起こしたのは錯誤の殺人だし、2人目~5人目の住人に至っては殺意すらない。

人は人の死に理由を求めるものだと思う。とあるミステリで、父親を船の転覆事故で亡くした息子が、父を無意味な死から救うために、架空の犯人を作り出すというものがあった。もちろんどんな形であれ死というものは忌むべきものだが、例えば綿密な殺人計画にのとって殺されるのと、頭上から鉄板が落ちてきて死ぬのとでは、後者のほうがやりきれないのではないだろうか。本作で起こる死はすべて後者である。これこそが後味の悪さの正体かもしれない。

そして、志賀嬢の正体は、死神である一方で、その無意味な死に意味をもたらす存在であったといえるかもしれない。

 

 

㉗錯迷 堂場瞬一

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▶あらすじ

神奈川県捜査一課生え抜きエリートの萩原哲郎に突然の異動命令が下された。赴任先は重大事件が希な湘南・鎌倉南署。しかも署長職。実はこの異例人事には密命があった。それは女性前任者の不審死の謎を署長として潜入捜査せよというもの。協力者もなく孤立無援の中、萩原は秘密裏に捜査を始めるが署員たちの口は固く容易に進まない。そんな時、管内で殺人事件が発生。それは過去の未解決殺人事件と繋がっていた・・・。正義を貫くべき警察官たちが頑なに隠蔽していた真実とは一体何なのか。組織トップの孤独と葛藤、渦巻く人間模様を描く堂場瞬一警察小説の到達点。

 

▶ネタバレ感想

女性署長の不審死という謎に、怪しい動きをする鎌倉南署と、導入の不穏感はよかった。しかし、どうも全体的に不要な描写が多い気がしてしまった・・・。例えば夏美の存在だが、序盤で思わせぶりに接触してくるも、結局最後の最後まで内容は言わないとくる。しかも、ほかの署員の自白ですべてが明らかになった後だから、彼女が真相を暴露したわけではない。夏美の存在意義があまり分からなかった。

また、萩原署長たちは鎌倉南署が何かを隠蔽していることや、それに過去の殺人事件が関係あるようだということまではたどり着いたが、真相解明の大きなキーとなったのは署員の自白というのが少しもやもやした。

萩原署長は、上層部から評価され期待されているのだが、最後まで彼のすごさが分からなかった。また、彼自身は現場経験が少ないことにコンプレックスを持っているが、物語を通してそのコンプレックスを克服できたのかというと、それもあまり感じられなかった。

 

ただ、立て続けに起こった2つの殺人事件と、鎌倉南署の唯一の未解決事件が一つの線で結ばれ、最終的に桜庭署長の不審死の謎へとが繋がるのはおもしろかった。

 

 

㉖郵便配達は二度ベルを鳴らす ジェイムズ・M・ケイン

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▶あらすじ

街道沿いのレストランで働き始めた俺は、ギリシャ人店主の美しい妻コーラにすっかり心を奪われてしまった。やがて、いい仲になった彼女と共謀して店主殺害を計画するが・・・。緻密な小説構成の中に、非常な運命に搦めとられる男女の心情を描きこんだ名作

 

▶ネタバレ感想

ハートボイルドとノワール小説

ハートボイルドは聞いたことあるけど、ノワール小説って何だろう?と思う方は多いかもしれない。わたしもその一人だ。本作の解説で諏訪部浩一氏は以下のように述べている。

「ハードボイルド小説」と「ノワール小説」の違いを明確にするのは難しいが、前者が主人公の「キャラクター」に力点を置く作品であるのに対し、後者は主人公を取り巻く「世界」を「問題」とするタイプの小説であるとはいえるだろう。したがって、作品の受容という観点から(単純化して)いえば、「ハードボイルド小説」の読者が「タフ」な主人公の冒険に胸を躍らせ、複雑な「現実」を忘れていたのだとすれば、「ノワール小説」の読者はデリケートな「現実」の中でもがき苦しむ主人公の「弱さ」に共感するようになった。

そして、本作は、ノワール小説」に当たるのだと言う。

わたしが本編を読み終えて感じたのは、何だかよく分からないもやもやだった。主人公の「俺」ことフランクと、恋人のコーラは逃避行を企てるのだが、どうもうまくいかない。コーラの夫を殺害するも、完璧な計画とは言い難く、すぐに警察に捕まってしまう。そしてあっけない幕引き。ストーリーの要である2人の逃避行は最悪の結末を迎える。

結局、すべてが中途半端だ。2人の計画も、コーラの煮え切らない態度も。

しかし、解説を読んで、これこそが「ノワール小説」というものなのかと納得した。確かにフランクは「弱い」。警察の取り調べでは、愛するコーラに罪を着せてしまうほどに。本人は自分を根っからの流れ者だというけれど、それは単に彼が一つの場所に留まる覚悟がないからなのだろう。

彼の弱さこそが、この物語を中途半端にしているのであり、その尻切れトンボのような幕引きこそが抑圧された世界の中でもがき苦しむ男のリアルな末路なのかもしれない。

 

タイトルの意味

郵便配達は二度ベルを鳴らす」。ユニークなタイトルだが、作中に郵便配達は一切出てこない。解説によれば、作者が友人宅に来る郵便配達がいつもベルを二度鳴らすことから、「重要な出来事は二度起こる」本作のタイトルにぴったりだと考えたのだとか。

確かに、ギリシャ人店主の殺害計画や、コーラのもとを二度去り二度戻ってくるフランクの行動など、同じことが二度繰り返されている。そして、二度目の出来事こそが死刑台へと続く分岐点に思える。ギリシャ人殺害を一回目の失敗でやめていれば、コーラのもとへ帰らなければ・・・彼らの望む生活は手にはいらなかっただろうが、少なくとも最悪の結末は避けれたのに。